内容説明
烈々とした火炎の色。舞い狂う火の粉と黒煙の中で、黒髪を乱して悶え苦しむ美女。「地獄変」の絵を描くために倣慢な絵師が求めたものと失なったものは…?絢爛たる格調高い文体で、芸術家のエゴイズムを凄絶に描いた表題作ほか、著者前期の代表作を収録。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
夜間飛行
218
「蜘蛛の糸」の犍陀多が最後、糸が切れ闇の底へ真っ逆さまに落ちる。これは「羅生門」の下人が夜の底へかけ下り闇に消えるのと似て、闇落ち前の姿がまるで光を放つかのようだ。相反する欲望や価値観の間でゆれ動き、宙吊りのまま今という瞬間の光を放つ人間。それは「舞踏会」における〝生〟の花火や、「地獄変」における絵師の恍惚にも通じる。何にせよ人は芸術の中に生きられない。炎に包まれ悶え苦しむ娘と、それを描き自死する父と、己れの業に喘ぐ大殿と…これは分裂した自画像だろうか。一方「藪の中」では客観性の分裂解体が試みられている。2022/02/11
雪風のねこ@(=´ω`=)
123
こんな話だった。学校の教科書で読んで以来だなと色々思い起こしながら読了。後書きにもある様に人の持つ喜怒哀楽を挟んだ葛藤を主軸に物語を作っている為、鮮烈な感動を受けるほど人間の本性を描いている。特に正反対の感情に移る「瞬間」と言うのが、地獄と天国を境にした様な感じ。刃で絶つ様な感覚とも言える。娘を焼かれた親の苦吟した顔が喜悦に変わる。己の利に都合をすり替える。糸を切る「瞬間」。「なべて人の世の尊さは何者にも替えがたい刹那の感動に極まるもの」著者は、人の世に在る「瞬間」を追い求めていたのだろうと思う。2017/06/09
りゅう☆
92
滑らかさと暖かさを持ち魅了する『大川の水』を訪れたく、火に焼かれゆく娘の姿をも『地獄変』のために恍惚とした法悦の輝きで眺める姿におぞましさを感じ、また燃えゆく女優の艶めかしく苦しんでる巻頭写真に目が離せず、自分だけ『蜘蛛の糸』を登り助かろうとした姿に落胆し、カタカナひらがなに苦労したが「ろおれんぞ」の真摯さ故の『奉教人の死』の悲しみに驚きが加わり、みすぼらしい少女の投げた『蜜柑』に家族愛を感じ、華やかな『舞踏会』回想後の老婦人の無垢さが微笑ましく、姉妹と従兄の三角関係に何ともいえない虚しさ感じた『秋』→2017/07/11
aquamarine
81
芥川の世界にどこか後ろめたさを覚えるのは、自分のどこかに彼の描く世界の人物と重なるところがあるような気がするからかもしれない。「羅生門」「蜘蛛の糸」「地獄変」…もちろん「鼻」や「芋粥」にだって。さて、今回の目当ては「藪の中」。なんだかよくわからなかった、そんな印象の残っていた話は、今回じっくり読むと多重解を持ったミステリのよう。何度も読み返し、真相が藪の中のままであることに逆にほっとする。年を重ねたせいか、特に印象深かったのは「秋」。そしてやっぱり、突然目の前に開ける色に目を見張る「蜜柑」は別格で好き。2020/05/11
優希
72
善悪、狂気の曖昧さを行き来している短編集だと思いました。代表作ばかりなので、まとめて読むとその世界は強さを感じずにはいられません。中でも『地獄変』には負のような力を感じました。『蜘蛛の糸』『トロッコ』など昔触れた作品も今読み返すと深みがあるのに気付かされます。芥川の強い文学性に触れる1冊だと思いました。2019/12/02