出版社内容情報
同時代への批判,喪われた時代への挽歌の想いを込めた戦前,戦中の作品13篇を精選した(解説=多田蔵人).
内容説明
祭典と騒乱の記憶から奇妙な国の歴史を浮かびあがらせる「花火」、エロスの果てに超現実を垣間見せる「夏すがた」、江戸情調を文章に醇化した戦前の小説、随筆を精選した。「来訪者」は、戦中に執筆、終戦直後、発表の実験小説。贋作問題と凄愴の趣を込めた男女の交情に、「四谷怪談」や夢の世界が虚実相半ばして交響する問題作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
KAZOO
116
最近このような小説をじっくりと読むことが増えた気がします。さすがに年をとったということなのでしょう。ここには荷風の随筆あるいは小説といった範疇分類をするには不明な感じの作品があまた収められています。「花火」「来訪者」はどこかで織んだこともありますがやはり印象に残る作品です。2019/09/15
藤月はな(灯れ松明の火)
71
「花火」は、時代の転機を象徴する出来事に自身の没落を重ね合わせる様に時代への哀惜を感ず。「来訪者」は贋作事件と爛れた男女関係、四谷怪談の因果が絡み合う一種のリドルストーリー。そして語り手は贋作事件に携わった白井の知人という、又聞きの怪談のような立ち位置なのが、不穏さを一層、醸し出す。今までの商売柄や断りきれない性格による多情な女と見栄っ張りな男というプロットが共通する「夏すがた」、「あじさゐ」も印象的。しかし、前者は女性の性惰の肯定、後者は多情な女に尽くす男の虚しさと結末が見事に反転しているのが面白いのだ2019/08/08
HANA
63
自分の読書人生、某翻訳者に多大な影響を受けているので「来訪者」目的で読み始める。荷風は何となく触れる機会がなかったのであるが、読み始めてすぐにそれを後悔することとなった。こう何というか人生の傍観者的な視線とか、ディレッタントな所とか爛熟とか退廃を好んで描写する所が何となく自分の気風にあうのである。冒頭の「花火」からそれはもう溢れていて一気に引き込まれる。あまり馴染めないと思った「夏すがた」や「あじさゐ」もしみじみとした滋味があるし。あ、もちろん本書の中で唯一得体の知れなさに満ちている「来訪者」も満足。2019/07/04
Tenouji
21
初めての永井荷風。言葉のリズムと描写が素晴らしい。しかし、この時代、戦争へと向かう、狂乱と閉塞感が漂う世の中だったのだろうか。心持と話す内容が少し変わった女性が良く出てくる。デカダンスとは時間局所的なロマン主義なのだろうが、どこか異形的なものを組み合わせて、そこに全面肯定はできないが、なんらかの希望のキッカケを求めてるような、でも失敗する物語。2019/08/24
三柴ゆよし
17
前半部に随筆、後半部に短篇小説を置いた構成。収録作どれもよかった。「曇天」なんてこんな冬の上野の描写だけで泣けるようになるとは思わなかった。小説では表題作「来訪者」が白眉。自身の贋作と偽作者二人の経緯が語られるが、それがいつしか興信所の調査報告(を語り手が小説様に設えた文章)にすり替わる。そこでは偽作者のひとりと隣家の未亡人の密通をめぐる下世話な物語に焦点が移り、しかもその交情のディテールが先の贋作の内容とも呼応してゆく、きわめて技巧的な作品。これは上手い。荷風は古本屋で見かけたらとりあえず買っておこう。2020/02/05