内容説明
液体空気の爆発で受けた顔一面の蛭のようなケロイド瘢痕によって自分の顔を喪失してしまった男…失われた妻の愛をとりもどすために“他人の顔”をプラスチック製の仮面に仕立てて、妻を誘惑する男の自己回復のあがき…。特異な着想の中に執拗なまでに精緻な科学的記載をも交えて、“顔”というものに関わって生きている人間という存在の不安定さ、あいまいさを描く長編。
著者等紹介
安部公房[アベコウボウ]
1924‐1993。東京生れ。東京大学医学部卒。1951(昭和26)年「壁」で芥川賞を受賞。’62年に発表した『砂の女』は読売文学賞を受賞したほか、フランスでは最優秀外国文学賞を受賞。その他、戯曲「友達」で谷崎潤一郎賞、『緑色のストッキング』で読売文学賞を受賞するなど、受賞多数。’73年より演劇集団「安部公房スタジオ」を結成、独自の演劇活動でも知られる。海外での評価も極めて高く、’92(平成4)年にはアメリカ芸術科学アカデミー名誉会員に(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ヴェネツィア
441
これはまぎれもなく男性を描いた小説である。事故によって顔を喪失した男は、人工的に精巧な顔を新たに造り出す。3冊のノートによって妻にひたすら語り続けることも、そしてまた自身のアイデンティティの確認のために新しい顔で妻を誘惑することも、それらのすべては幻想の自分自身(本来の顔)と仮構された自己(仮面)とのダイアローグのようでありながら、畢竟はモノローグに他ならない。痛切なまでにコミュニケーションを求めつつ、その実拒否しているのである。そこにあるのは究極のオナニズムだ。エンディングは自己破壊しかなかっただろう。2015/07/13
遥かなる想い
233
正直私の中では、安部公房のNO1である。顔についたケロイド痕跡を隠し、妻の愛を取り戻すために、他人の顔をプラスチックの仮面に仕立てた男。「他人」になりすまして、妻の誘惑を図り、その誘惑に簡単に成功したゆえに苦しむ男。だが実は妻は…という展開は、ある意味哀しく、恋愛物語ともいえる。人間にとって「顔」とは何なのか?、「存在」をテーマにする安部公房らしい作品だと思う。 2010/06/20
藤月はな(灯れ松明の火)
108
SNSでは顕な写真をUPする一方、マスク姿で婚活する事も当たり前になった矛盾した時代こそ、読まれるべき本。事故による怪我でケロイドを負い、「顔は他者とを繋ぐ通路でもあり、人間の内面を表すのではないか?」と考えた彼は人と接触した実験結果をノートに客観的に書くが・・・。新しい顔を装着し、「痴漢しようか・・・」と悩んだり、妻を誘惑する男の姿は「『一人二役』(江戸川乱歩)か」とツッコんだり。結局、全てを見透かしていた妻に突きつけられたのは人に自分勝手な愛を求めながら人からの愛を拒む矛盾。それは自己愛の業深さだった2017/05/17
扉のこちら側
105
初読。2015年1003冊め。【44/G1000】失われた妻の愛情を取り戻すために、仮面をかぶって顔面のケロイドを隠すという男の発想。まさしく妻の記述通り、長年一緒に暮らした者には絶対わかるだろうことに気が付かないところが、もう下半身を人格にしてしまったが故かと。もう少し妻視点がほしかったけれど、その物足りなさがいいのかな。2015/08/19
のっち♬
102
事故により顔を失った男が精巧な仮面を作り、自己回復のために妻を誘惑する。序盤から仮面制作の過程が綿密に綴られて不気味なリアルさをみせる一方で、顔に対する科学的な考察から、個人と社会の繋がりの不安定さや完璧な仮面の危険性などへ自由に広がるのは著者ならでは。中盤は思索へ傾倒して話としては起伏に欠けるが、自我を持った仮面との闘争が推進力となり形成されるクライマックスは痛快にして皮肉。素顔よりも仮面を重視する現代が引き起こす疎外と分裂、それは「すべての他人に共通している内部」だ。アイデンティティの所存を問う一冊。2017/12/14