出版社内容情報
田舎出の青年がパリの旅館の一室に納まり,ふと壁の孔から覗いて見た隣室には思いがけない場面があった.淫慾と苦悩と快楽と呻吟のるつぼ――.人間性の赤裸々な現実を通して語られるもの…….ここには,後年第一次大戦の惨苦を経て平和運動に乗り出した作者の,大きな人間愛への萌芽があり,実践への原動力があったといえよう.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
みっぴー
43
覗きに夢中になり、勤め口を無くしてしまった男の話です。皆川博子さんの小説の中に出てきたタイトルだったはずですが、違う作者の作品だったらごめんなさい。読んでいて思ったのが、『覗き』はネットと似ていること。他人のブログやTwitterにアクセスすると、全く知らない人の私生活を覗けてしまいます。しかも覗きは一方的で、見られていることが分かりません。しかも、割りとシュールな記事だったりすると、見なきゃよかった…と後悔するところも似ています。真実はどれも醜くて虚しいです。2016/07/05
HANA
42
偶然泊まったホテルの一室。そこより隣の部屋が覗ける事を知った青年はその魅力に取り憑かれていく。というストーリーよりもっとおどろおどろしい内容、人間の赤裸々な姿に触れる『屋根裏の散歩者』のような内容かと思ったのだが、実際は隣の宿泊客の行動について考察する思弁小説であった。その行動も大仰な言い回しと観念的な内容で、まるで室内劇を見せられているよう。この本一冊よりも『屋根裏の散歩者』の、なんでもない様に着こなしている着物の染みを舌で舐め取る、という一挿話の方が何となく人間性そのものに根差している様な気がした。2013/03/19
双海(ふたみ)
20
澁澤龍彦を経由して本書に。田舎出の青年がパリの旅館の一室に納まり、ふと壁の孔から覗いて見た隣室には思いがけない場面が・・・。淫慾と苦悩と快楽と呻吟のるつぼ。人間は永久に孤独であった・・・。2014/04/01
藤月はな(灯れ松明の火)
20
「屋根裏の散歩者」に影響を与え、「倒立する塔の殺人」でも紹介されていた作品だったので読みました。覗き穴から男女の密会と情事を視姦する男と覗かれている部屋で展開される歪で切なる人間関係と出来事。覗いている男はその部屋によって展開される世界に関わることはできずにその部屋の中で完結しているという観察者への徹底的に突き放した見方が印象的でした。「男は部屋を覗いていたが、読者は物語での男を覗いていた」という視点を変えると逆転する安倍公房氏の「箱男」でも感じた観察への関係性を問うているのではないでしょうか。2012/04/12
歩月るな
16
序盤は「覗きの出来事を書き記した手記」の体裁を持っているのだが、「僕」は早々に、その「書いたテクストを処分」してしまっている。では、我々が読まされているこれは何なのだろう? 語りを信ずるなら作品世界に存在しないテクストである。しかも「僕」は読者に「君」と語りかける。こういう構造の作品はちょっと困る。何も「これは何か」と規定する必要は一切無いけど、語りを聞いているでも手記を読まされているでもない事に気付くと、落ち着かない。フランス文学は、やはり日本語に訳したらこうなる。言わば思索の流れそのもの。思考の流入。2017/07/22